STELLA仮店舗☆はてなブログ

日々のことをつらつらと書いてます

15年前のこと

15年前の今日。



当時、俺は旭川の実家にいて。
夜通しNIFTY-Serve(現@niftyの前進のパソコン通信)でチャットをしていた。


当時入ってたフォーラムのRTだったか、それともCBだったか(RT=フォーラム専用チャット。CB=NIFTY全会員が利用できるオープンチャット)。
RTだと思っていたが、この稿を書くにあたってあれはCBじゃないかと思うけど。
まぁ、とにかくチャットをしていたんだ。


そして、その時間。
今でも覚えている。
大阪からログインしているヤツと、東京からログインしているヤツ。
その二人がほぼ同時に「あ、地震」「地震だ」と発言したのを。


旭川にいた俺は「そんなバカな」と思ったけれど、ひょっとしてそれぞれ別々の地震が同時刻に発生したのかもな、ぐらいで気にも留めていなかった。


そんな中、それまでチャットに参加していた神戸からログインしていたヤツが、急にチャットから消えていた。
いわゆる「落ちた(ログアウト)」状態になった。


あれ?と思ったけれど、当時は「落ちる」ってのはよくある事で。
「落ちた?」「落ちたね」ってチャットルームで会話が流れて、それを契機に「じゃあ、俺もそろそろ落ちるかな」「俺も寝よう」的にチャットは解散になった。
俺もそこでログアウトして、寝た。



そしてその日の昼過ぎ。
のそりと起きて、居間で母親が観ているテレビの映像に俺は唖然とした。


そこには、倒れた高速道路の橋脚、倒壊したビル、瓦礫の山と化した家屋に、燃えさかる街並みが写し出されていた。
後に「阪神淡路大震災」と呼ばれる、未曾有の大災害が発生した日だった。



ちなみにその神戸からログインしていたヤツは、その後、数ヶ月の後に無事が確認された。
その経緯をよく覚えていないが、ひょっこりチャットにあらわれて「いやあ大変だった」とかなんとか、そんな感じだったように記憶している。


震災からほどなく、ニフティの「アクセスギフト」(ニフティの利用課金を利用した、間接的な送金代行システム)を利用した赤十字募金が開始され、俺も募金をした。
今でこそ災害時の「ネット募金」は当たり前に行われているが。
それはこの時にまで遡る。


阪神淡路大震災は「ネット」の世界と、「現実」の災害とがリンクした、日本初の事例でもあった。
それまで好事家かオタクが趣味的に利用するだけだった「ネット」が、「現実」に具体的な形として作用していくのを目の当たりにした初めての体験でもあった。
「ネットが現実に影響を与えうる」という。今となっては「当たり前」の事だけれど、当時はまだ「夢想」にすぎなかった「可能性」が、「確信」に変わっていくその手応えに、とても不謹慎で本当に恐縮だが「ワクワクした」。



それが15年前の記憶だ。



だから俺にとって「阪神淡路大震災」というのは、「ネット」というものと切り離すことのできない「事件」として記憶されている。